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高野聖その39
(此方《こつち》の道《みち》はこりや何処《どこ》へ行《ゆ》くので、)といつて売薬《ばいやく》の入《はい》つた左手《ゆんで》の坂《さか》を尋《たづ》ねて見《み》た。
(はい、これは五十|年《ねん》ばかり前《まへ》までは人《ひと》が歩行《ある》いた旧道《きうだう》でがす。矢張《やツぱり》信州《しんしう》へ出《で》まする、前《さき》は一つで七|里《り》ばかり総体《そうたい》近《ちか》うござりますが、いや今時《いまどき》往来《わうらい》の出来《でき》るのぢやあござりませぬ。去年《きよねん》も御坊様《おばうさま》、親子連《おやこづれ》の順礼《じゆんれい》が間違《まちが》へて入《はい》つたといふで、はれ大変《たいへん》な、乞食《こじき》を見《み》たやうな者《もの》ぢやといふて、人命《じんめい》に代《かは》りはねえ、追《おツ》かけて助《たす》けべいと、巡査様《おまはりさま》が三|人《にん》、村《むら》の者《もの》が十二人《じふにゝん》、一|組《くみ》になつて之《これ》から押登《おしのぼ》つて、やつと連《つ》れて戻《もど》つた位《くらゐ》でがす。御坊様《おばうさま》も血気《けつき》に逸《はや》つて近道《ちかみち》をしてはなりましねえぞ、草臥《くたび》れて野宿《のじゆく》をしてからが此処《こゝ》を行《ゆ》かつしやるよりは増《まし》でござるに。はい、気《き》を着《つ》けて行《ゆ》かつしやれ。)
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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