TOP
高野聖その29
路《みち》は此処《こゝ》で二|条《すぢ》になつて、一|条《すぢ》はこれから直《す》ぐに坂《さか》になつて上《のぼ》りも急《きふ》なり、草《くさ》も両方《りやうはう》から生茂《おひしげ》つたのが、路傍《みちばた》の其《そ》の角《かど》の処《ところ》にある、其《それ》こそ四|抱《かゝへ》さうさな、五|抱《かゝへ》もあらうといふ一|本《ぽん》の檜《ひのき》の、背後《うしろ》へ畝《うね》つて切出《きりだ》したやうな大巌《おほいは》が二ツ三ツ四ツと並《なら》んで、上《うへ》の方《はう》へ層《かさ》なつて其《そ》の背後《うしろ》へ通《つう》じて居《ゐ》るが、私《わし》が見当《けんたう》をつけて、心組《こゝろぐ》んだのは此方《こツち》ではないので、矢張《やツぱり》今《いま》まで歩行《ある》いて来《き》た其《そ》の巾《はゞ》の広《ひろ》いなだらかな方《はう》が正《まさ》しく本道《ほんだう》、あと二|里《り》足《た》らず行《ゆ》けば山《やま》になつて、其《それ》からが峠《たうげ》になる筈《はず》。
唯《と》見《み》ると、何《ど》うしたことかさ、今《いま》いふ其《その》檜《ひのき》ぢやが、其処《そこ》らに何《なんに》もない路《みち》を横截《よこぎ》つて見果《みはて》のつかぬ田圃《たんぼ》の中空《なかそら》へ虹《にじ》のやうに突出《つきで》て居《ゐ》る、見事《みごと》な。根方《ねかた》の処《ところ》の土《つち》が壊《くづ》れて大鰻《おほうなぎ》を捏《こ》ねたやうな根《ね》が幾筋《いくすぢ》ともなく露《あら》はれた、其《その》根《ね》から一|筋《すぢ》の水《みづ》が颯《さつ》と落《お》ちて、地《ぢ》の上《うへ》へ流《なが》れるのが、取《と》つて進《すゝ》まうとする道《みち》の真中《まんなか》に流出《ながれだ》してあたりは一|面《めん》。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
次へ
底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)柳《やな》ヶ|瀬《せ》では
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+散」、36-13]《しぶき》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ばら/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------