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高野聖その265
殊《こと》に娘《むすめ》が十六七、女盛《をんなざかり》となつて来《き》た時分《じぶん》には、薬師様《やくしさま》が人助《ひとだす》けに先生様《せんせいさま》の内《うち》へ生《うま》れてござつたといって、信心《しん/″\》渇仰《かつがう》の善男《ぜんなん》善女《ぜんによ》? 病男《びやうなん》病女《びやうぢよ》が我《われ》も我《われ》もと詰《つ》め懸《か》ける。
其《それ》といふのが、はじまりは彼《か》の嬢様《ぢやうさま》が、それ、馴染《なじみ》の病人《びやうにん》には毎日《まいにち》顔《かほ》を合《あ》はせる所《ところ》から、愛相《あいさう》の一つも、あなたお手《て》が痛《いた》みますかい、甚麼《どんな》でございます、といつて手先《てさき》へ柔《やはらか》な掌《てのひら》が障《さは》ると第一番《だいいちばん》に次作兄《じさくあに》いといふ若《わか》いのゝ(りやうまちす)が全快《ぜんくわい》、お苦《くる》しさうなといつて腹《はら》をさすつて遣《や》ると水《みづ》あたりの差込《さしこみ》の留《と》まつたのがある、初手《しよて》は若《わか》い男《をとこ》ばかりに利《き》いたが、段々《だん/″\》老人《としより》にも及《およ》ぼして、後《のち》には婦人《をんな》の病人《びやうにん》もこれで復《なほ》る、復《なほ》らぬまでも苦痛《いたみ》が薄《うす》らぐ、根太《ねぶと》の膿《うみ》を切《き》つて出《だ》すさへ、錆《さ》びた小刀《こがたな》で引裂《ひツさ》く医者殿《いしやどの》が腕前《うでまへ》ぢや、病人《びやうにん》は七|顛《てん》八|倒《たう》して悲鳴《ひめい》を上《あ》げるのが、娘《むすめ》が来《き》て背中《せなか》へぴつたりと胸《むね》をあてゝ肩《かた》を押《おさ》へて居《ゐ》ると、我慢《がまん》が出来《でき》る、といつたやうなわけであつたさうな。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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