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高野聖その279
といひ果《は》てゝ親仁《おやぢ》の又《また》気味《きみ》の悪《わる》い北叟笑《ほくそゑみ》。
(恁《か》う身《み》の上《うへ》を話《はな》したら、嬢様《ぢやうさま》を不便《ふびん》がつて、薪《まき》を折《を》つたり水《みづ》を汲《く》む手扶《てだす》けでもしてやりたいと、情《なさけ》が懸《かゝ》らう。本来《ほんらい》の好心《すきごゝろ》、可加減《いゝかげん》な慈悲《じひ》ぢやとか、情《なさけ》ぢやとかいふ名《な》につけて、一|層《そ》山《やま》へ帰《かへ》りたかんべい、はて措《を》かつしやい。彼《あ》の白痴殿《ばかどの》の女房《にようぼう》になつて、世《よ》の中《なか》へは目《め》もやらぬ換《かはり》にやあ、嬢様《ぢやうさま》は如意自在《によゐじざい》、男《をとこ》はより取《ど》つて、飽《あ》けば、息《いき》をかけて獣《けもの》にするわ、殊《こと》に其《そ》の洪水《こうずゐ》以来《いらい》、山《やま》を穿《うが》つたこの流《ながれ》は天道様《てんたうさま》がお授《さづ》けの、男《をとこ》を誘《いざな》ふ怪《あや》しの水《みづ》、生命《いのち》を取《と》られぬものはないのぢや。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
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