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高野聖その277
其時分《そのじぶん》はまだ一ヶの荘《さう》、家《いへ》も小《こ》二十|軒《けん》あつたのが、娘《むすめ》が来《き》て一|日《にち》二|日《か》、つひほだされて逗留《たうりう》した五|日目《かめ》から大雨《おほあめ》が降出《ふりだ》した。瀧《たき》を覆《くつがへ》すやうで小留《をやみ》もなく家《うち》に居《ゐ》ながら皆《みんな》蓑笠《みのかさ》で凌《しの》いだ位《くらゐ》、茅葺《かやぶき》の繕《つくろひ》をすることは扨置《さてお》いて、表《おもて》の戸《と》もあけられず、内《うち》から内《うち》、隣同士《となりどうし》、おう/\と声《こゑ》をかけ合《あ》つて纔《わづか》に未《ま》だ人種《ひとだね》の世《よ》に尽《つ》きぬのを知《し》るばかり、八|日《か》を八百|年《ねん》と雨《あめ》の中《なか》に籠《こも》ると九日目《こゝのかめ》の真夜中《まよなか》から大風《たいふう》が吹出《ふきだ》して其《その》風《かぜ》の勢《いきほひ》こゝが峠《たうげ》といふ処《ところ》で忽《たちま》ち泥海《どろうみ》。
此《こ》の洪水《こうずゐ》で生残《いきのこ》つたのは、不思議《ふしぎ》にも娘《むすめ》と小児《こども》と其《それ》に其時《そのとき》村《むら》から供《とも》をした此《こ》の親仁《おやぢ》ばかり。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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