TOP
高野聖その21
(然《さ》うでねえ。)と女《をんな》は何気《なにげ》なく答《こた》へた、先《ま》づ嬉《うれ》しやと思《おも》ふと、お聞《き》きなさいよ。
此処《こゝ》に居《ゐ》て先刻《さツき》から休《や》すんでござつたのが、右《みぎ》の売薬《ばいやく》ぢや。此《こ》の又《また》万金丹《まんきんたん》の下廻《したまはり》と来《き》た日《ひ》には、御存《ごぞん》じの通《とほ》り、千筋《せんすぢ》の単衣《ひとへ》に小倉《こくら》の帯《おび》、当節《たうせつ》は時計《とけい》を挟《はさ》んで居《ゐ》ます、脚絆《きやはん》、股引《もゝひき》、之《これ》は勿論《もちろん》、草鞋《わらぢ》がけ、千草木綿《ちくさもめん》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》の角《かど》ばつたのを首《くび》に結《ゆは》へて、桐油合羽《とういうがつぱ》を小《ちい》さく畳《たゝ》んで此奴《こいつ》を真田紐《さなだひも》で右《みぎ》の包《つゝみ》につけるか、小弁慶《こべんけい》の木綿《もめん》の蝙蝠傘《かうもりがさ》を一|本《ぽん》、お極《きまり》だね。一寸《ちよいと》見《み》ると、いやどれもこれも克明《こくめい》で、分別《ふんべつ》のありさうな顔《かほ》をして。これが泊《とまり》に着《つ》くと、大形《おほがた》の裕衣《ゆかた》に変《かは》つて、帯広解《おびひろげ》で焼酎《せうちう》をちびり/\遣《や》りながら、旅籠屋《はたごや》の女《をんな》のふとつた膝《ひざ》へ脛《すね》を上《あ》げやうといふ輩《やから》ぢや。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
次へ
底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)柳《やな》ヶ|瀬《せ》では
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+散」、36-13]《しぶき》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ばら/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------