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高野聖その12
床《とこ》にも座敷《ざしき》にも飾《かざり》といつては無《な》いが、柱立《はしらだち》の見事《みごと》な、畳《たゝみ》の堅《かた》い、炉《ろ》の大《おほい》なる、自在鍵《じざいかぎ》の鯉《こひ》は鱗《うろこ》が黄金造《こがねづくり》であるかと思《おも》はるる艶《つや》を持《も》つた、素《す》ばらしい竈《へツつひ》を二ツ並《なら》べて一|斗飯《とうめし》は焚《た》けさうな目覚《めざま》しい釜《かま》の懸《かゝ》つた古家《ふるいへ》で。
亭主《ていしゆ》は法然天窓《はふねんあたま》、木綿《もめん》の筒袖《つゝそで》の中《なか》へ両手《りやうて》の先《さき》を窘《すく》まして、火鉢《ひばち》の前《まへ》でも手《て》を出《だ》さぬ、ぬうとした親仁《おやぢ》、女房《にようばう》の方《はう》は愛嬌《あいけう》のある、一寸《ちよいと》世辞《せじ》の可《い》い婆《ばあ》さん、件《くだん》の人参《にんじん》と干瓢《かんぺう》の話《はなし》を旅僧《たびそう》が打出《うちだ》すと、莞爾々々《にこ/\》笑《わら》ひながら、縮緬雑魚《ちりめんざこ》と、鰈《かれい》の干物《ひもの》と、とろろ昆布《こぶ》の味噌汁《みそしる》とで膳《ぜん》を出《だ》した、物《もの》の言振《いひぶり》取做《とりなし》なんど、如何《いか》にも、上人《しやうにん》とは別懇《べつこん》の間《あひだ》と見《み》えて、連《つれ》の私《わたし》の居心《ゐごゝろ》の可《よ》さと謂《い》つたらない。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
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(例)柳《やな》ヶ|瀬《せ》では
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(例)ばら/\と
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