TOP
高野聖その11
敦賀《つるが》で悚毛《おぞけ》の立《た》つほど煩《わづら》はしいのは宿引《やどひき》の悪弊《あくへい》で、其日《そのひ》も期《き》したる如《ごと》く、汽車《きしや》を下《お》りると停車場《ステーシヨン》の出口《でぐち》から町端《まちはな》へかけて招《まね》きの提灯《ちやうちん》、印傘《しるしかさ》の堤《つゝみ》を築《きづ》き、潜抜《くゞりぬ》ける隙《すき》もあらなく旅人《たびびと》を取囲《とりかこ》んで、手《て》ン手《で》に喧《かまびす》しく己《おの》が家号《やがう》を呼立《よびた》てる、中《なか》にも烈《はげ》しいのは、素早《すばや》く手荷物《てにもつ》を引手繰《ひツたぐ》つて、へい有難《ありがた》う様《さま》で、を喰《くら》はす、頭痛持《づゝうもち》は血《ち》が上《のぼ》るほど耐《こら》へ切《き》れないのが、例《れい》の下《した》を向《む》いて悠々《いう/\》と小取廻《ことりまはし》に通抜《とほりぬ》ける旅僧《たびそう》は、誰《たれ》も袖《そで》を曳《ひ》かなかつたから、幸《さいはひ》其後《そのあと》に跟《つ》いて町《まち》へ入《はい》つて、吻《ほツ》といふ息《いき》を吐《つ》いた。
雪《ゆき》は小止《をやみ》なく、今《いま》は雨《あめ》も交《まじ》らず乾《かわ》いた軽《かる》いのがさら/\と面《おも》を打《う》ち、宵《よひ》ながら門《もん》を鎖《とざ》した敦賀《つるが》の町《まち》はひつそりして一|条《すぢ》二|条《すぢ》縦横《たてよこ》に、辻《つじ》の角《かど》は広々《ひろ/″\》と、白《しろ》く積《つも》つた中《なか》を、道《みち》の程《ほど》八|町《ちやう》ばかりで、唯《と》ある軒下《のきした》に辿《たど》り着《つ》いたのが名指《なざし》の香取屋《かとりや》。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
次へ
底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)柳《やな》ヶ|瀬《せ》では
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+散」、36-13]《しぶき》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ばら/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------