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高野聖その257
馬《うま》は売《う》つたか、身軽《みがる》になつて、小《ちひ》さな包《つゝみ》を肩《かた》にかけて、手《て》に一|尾《び》の鯉《こひ》の、鱗《うろこ》は金色《こんじき》なる、溌溂《はつらつ》として尾《を》の動《うご》きさうな、鮮《あたら》しい其《その》丈《たけ》三|尺《じやく》ばかりなのを、腮《あぎと》に藁《わら》を通《とほ》して、ぶらりと提《さ》げて居《ゐ》た。何《なん》にも言《い》はず急《きふ》にものもいはれないで瞻《みまも》ると、親仁《おやぢ》はじつと顔《かほ》を見《み》たよ。然《さ》うしてにや/\と、又《また》一|通《とほり》の笑方《わらひかた》ではないて、薄気味《うすきみ》の悪《わる》い北叟笑《ほくそゑみ》をして、
(何《なに》をしてござる、御修行《ごしゆぎやう》の身《み》が、この位《くらゐ》の暑《あつさ》で、岸《きし》に休《やす》んで居《ゐ》さつしやる分《ぶん》ではあんめえ、一|生懸命《しやうけんめい》に歩行《ある》かつしやりや、昨夜《ゆふべ》の泊《とまり》から此処《こゝ》まではたつた五|里《り》、もう里《さと》へ行《い》つて地蔵様《ぢざうさま》を拝《をが》まつしやる時刻《じこく》ぢや。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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《》:ルビ
(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
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(例)柳《やな》ヶ|瀬《せ》では
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(例)ばら/\と
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