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高野聖その72
これで蛭《ひる》に悩《なや》まされて痛《いた》いのか、痒《かゆ》いのか、それとも擽《くすぐ》つたいのか得《え》もいはれぬ苦《くる》しみさへなかつたら、嬉《うれ》しさに独《ひと》り飛騨山越《ひだやまごえ》の間道《かんだう》で、御経《おきやう》に節《ふし》をつけて外道踊《げだうをどり》をやつたであらう一寸《ちよツと》清心丹《せいしんたん》でも噛砕《かみくだ》いて疵口《きずぐち》へつけたら何《ど》うだと、大分《だいぶ》世《よ》の中《なか》の事《こと》に気《き》がついて来《き》たわ。捻《つね》つても確《たしか》に活返《いきかへ》つたのぢやが、夫《それ》にしても富山《とやま》の薬売《くすりうり》は何《ど》うしたらう、那《あ》の様子《やうす》では疾《とう》に血《ち》になつて泥沼《どろぬま》に。皮《かは》ばかりの死骸《しがい》は森《もり》の中《なか》の暗《くら》い処《ところ》、おまけに意地《いぢ》の汚《きたな》い下司《げす》な動物《どうぶつ》が骨《ほね》までしやぶらうと何百《なんびやく》といふ数《すう》でのしかゝつて居《ゐ》た日《ひ》には、酢《す》をぶちまけても分《わか》る気遣《きづかひ》はあるまい。
恁《か》う思《おも》つて居《ゐ》る間《あひだ》、件《くだん》のだら/″\坂《ざか》は大分《だいぶ》長《なが》かつた。
作品:高野聖
作者:泉鏡太郎
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底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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(例)参謀本部《さんぼうほんぶ》
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