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湖南の扇その19


作品:湖南の扇
作者:芥川龍之介



 丁度譚のこう言いかけた時、僕等の乗っていたモオタア・ボオトはやはり一|艘《そう》のモオタア・ボオトと五六間隔ててすれ違った。それは支那服の青年の外にも見事に粧《よそお》った支那美人を二三人乗せたボオトだった。僕はこれ等の支那美人よりも寧《むし》ろそのボオトの大辷《おおすべ》りに浪《なみ》を越えるのを見守っていた。けれども譚は話半ばに彼等の姿を見るが早いか、殆《ほとん》ど仇《かたき》にでも遇《あ》ったように倉皇《そうこう》と僕にオペラ・グラスを渡した。
「あの女を見給え。あの艫《へさき》に坐《すわ》っている女を。」
 僕は誰にでも急《せ》っつかれると、一層何かとこだわり易い親譲りの片意地を持合せていた。のみならずそのボオトの残した浪はこちらの舟ばたを洗いながら、僕の手をカフスまでずぶ濡《ぬ》れにしていた。



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底本:「昭和文学全集 第1巻」小学館
   1987(昭和62)年5月1日初版第1刷発行
親本:岩波書店刊「芥川龍之介全集」
   1977(昭和52)年〜1978(昭和53)年
入力:j.utiyama
校正:柳沢成雄
1998年10月20日公開
2007年2月11日修正
青空文庫作成ファイル:
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